トンネルを抜けるとそこは長崎だった。
by 私

オランダ坂トンネルを抜けると現れる長崎の街
Googleストリートビュー
夫と車で長崎へ旅行(1泊2日)をしてきました。
今回の旅行のポイントはこちら
- グラバー園*1へ行く
- アイランド長崎*2(伊王島)に泊まる
- 軍艦島*3を見る
高速道路の長崎ICからトンネルを抜けると現れる長崎の街は、とてもサプライズ感があって好きです。これは写真では伝わりにくいので、ぜひ体感していただきたいです。
グラバー園への思い
私は静岡県出身で、高校生の時の修学旅行先は九州(長崎→福岡→大阪を巡る)でした。
当時西暦2000年ごろ。往路は名古屋から長崎まで飛行機移動。初めて飛行機に乗る学生で埋め尽くされた機内では、飛行機着陸時に拍手が起こったことを記憶しています。私も拍手した1人です。九州の地は、静岡県民の高校生からしたらとても遠い未知の地、というイメージでしかなかったです。
修学旅行では雲仙普賢岳を巡る予定でしたが、天候の都合で急遽グラバー園に行き先が変更となりました。建築物大好きっ子だった私は、日本の産業に影響を与えた異人屋敷に興味津々だったのですが…、一緒に行動していた女子たちから「坂を登るのがキツいから、お土産屋さんで時間をつぶそーよ」という提案に「そだねー」なんて、気持ちとは裏腹な返事をしてしまい、大浦天主堂さえも見えない手前の土産屋で、不毛な時間を過ごす、という苦い思い出がありました。
数十年の時を経て、この思い出に決着をつけるため、いざグラバー園へ。
そしてグラバー園
苦い思い出回収のためには、グラバー通りの坂を登っていくのが理想だったのですが、駐車場の関係で、グラバー通りとは反対の坂を登りきったところから第一ゲートへアクセス。坂を登らず楽々なグラバー園でした。
入場ゲートでチケットを購入し入場。グラバー園ってグラバー邸だけではなく、たくさんの異人館がある大きな公園、というのを恥ずかしながら初めて知りました。

ゲートでもらった園内マップ
入場料は1人620円。※2026年4月1日から1,300円になるそうです!
園内は長崎港に入港したクルーズ船の乗客と思われる外国人が多い印象。
順路に従って、旧三菱第2ドックハウス、旧ウォーカー邸、旧リンガー住宅、── の順に巡ります。旧三菱第2ドックハウスは園内で一番高い場所にあり、2階バルコニーからの眺めがとても良かったです。写真を撮り始めたのが旧ウォーカー邸からのため、その眺めはここで紹介できず…すみません。
ということで、ここからは少しずつ現地写真もご紹介。
旧ウォーカー住宅

旧ウォーカー住宅 ダイニング
明治初期にイングランドから来日したウォーカー兄弟*4の弟ロバートの次男、ロバート・ウォーカーJr. が購入した明治中期の建物。

寝室
もともとは大浦天主堂の近くに建っていて、現在の場所へ移築されたそうです。移築前は和室もあったそう(現在はない)。
順路的に裏口からアクセスする動線のため、最初は「玄関地味っ」と思いましたが、反対側に立派なエンランスがありました。

家族写真
ウォーカーJr.さんが暮らす前の入居者も華々しい顔ぶれだったようです。最後の入居者がウォーカーJr.さんで、終の住処として43年間暮らしたとのこと。その後建物は長崎市に寄贈されました。
寄棟瓦屋根の平家で部屋は3つ。絵本の「
ちいさいおうち」のような、こじんまりとしたかわいい建物で、老後はこのくらいの規模の庭付き戸建てに暮らしたい、と思いながら見学。
旧ウォーカー住宅を出て、旧自由邸(2027年ごろまで耐震保存修理工事中)を通り過ぎ、旧リンガー邸へ。

長崎感あふれるランタン
旧リンガー住宅
建物横の紫モクレンが満開できれいでした。

みんなここで写真撮影
旧リンガー住宅では、マスコットグラバーさんとゆるキャラのあみ〜ご*5が何やら撮影中。

ゆるキャラが撮影中

一緒に記念写真してくれました
旧リンガー住宅は、中国広東茶検査官だったイギリス人のリンガーさんが、グラバー商会を退職した1868年(明治元年)に完成した建物。29歳のリンガーさんは独立してホーム・リンガー商会を設立し、茶の製造輸出の他、ガスや発電、英字新聞発刊など多岐にわたる事業を展開。やり手…。この建物をリンガーさんが手に入れたのは、築7年あたり。それから親子3代にわたって暮らし、昭和60年に長崎市へ売却されたそうです。

ラチスの軒天井が印象的なテラス
こちらの建物も平家。移築ではなく、ずっとここにある建物。グラバー邸のすぐ近くに住んだわけだからきっと円満退社ね、と余計なことを思う私。
旧ウォーカー住宅はコンパクトでしたが、こちらは建築面積100坪を超える お屋敷 。部屋もたくさんありました。

玄関からは海と対岸の三菱の造船所が見える

各部屋に暖炉がある

壁は漆喰、天井は唐紙が貼られている
天井の剥がれが気になった
驚いたのは、このリンガー邸のすぐ隣に一般の民家があったこと。グラバー園内という一等地で暮らしているなんてすごい!(毎日落ち着かないのでは、と余計な心配をしてしまう)
それにしてもこんな小高いところに住むには、健脚じゃないと大変だ、と思っていたところ、旧リンガー住宅のわきに日本で最初期のアスファルト舗装道路というものがありまして。リンガーさん、人力車でお家まで往来ができるように道を整備された模様。なかなかの急勾配な坂道を走る車夫はこれまた大変だったろうに、と次から次へと勝手に心配してしまうのでした。
旧オルト住宅*6は保存修理工事中のため、グラバー邸へ向かいます。
旧グラバー住宅

ブルーグレーの漆喰壁と白い縁が素敵
いわずと知れた旧グラバー住宅。商売人のグラバーさんは建築にあたって民家3棟を購入し、それらの木材を資材に使用するという節約家。当初はゲストハウスとして使用されたため、居室も2つだけだったのが、4回に及ぶ増改築で明治20年代に今の形になったそう。

ガラス張りの温室

広い客用寝室
南側の一番良い場所
昭和41年に行われた改修工事では、用途不明の屋根裏部屋(密談に使う隠し部屋か!?)も発見されたのだとか。
ぐるっと回って、あれ主人の部屋はどこ?と感じました。大事なゲストをもてなす役割が強い家だったのかしら。
小屋組は和小屋形式、壁下地は竹小舞、といった日本在来の工法をベースに、テラスやガラスのサンルームといった西洋テイストをミックス。屋内展示では、建物構造についてや改修工事の詳細の解説があり、和洋折衷仕様がよくわかります。

クローバー型平面の建物概要

修理保存の解説パネル
建物の設計のほか、庭にもこだわったグラバーさん。その庭には立派な曲がり松があったそうな。
先週最終回を迎えた朝ドラ「ばけばけ」の小泉八雲邸となんだか重なる印象を勝手に感じたのでした。(西向きの部屋とか、庭の百日紅の木とか)
グラバー住宅の庭からも長崎港を一望できます。

停泊しているクルーズ船を発見!
ご丁寧に国際観光船の入港案内スケジュール案内看板もあります。この日はマーシャル諸島籍のクルーズ船が寄港していました。
夫が「お腹すいた」を連発し始めたので、グラバー園を後にしました。たっぷり1日かけて見学したいグラバー園でした。
お昼は国道499号線沿いにあるラーメン屋さん「麺処あきら」へ。

麺処あきら

レディースセット 税別1,150円+200円(チャーハン変更代)
レディースセット(ハーフ塩ラーメン、餃子3個、チャーハン)を注文。
ハーフラーメンは、控えめの5すすり でなくなるくらいの麺量でした。
チャーハンがとってもとっても美味しかったです!
思いの外、長くなってしまいました、ここまで読んでいただきありがとうございます。
次はアイランド長崎の話です。
つづく